​ホテルと食中毒|橋本あれふ法律事務所

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ホテルと食中毒について

行政上の責任

保健所の立入検査

 保健所は,食中毒の疑いがあると認めた場合には,職員を臨検させることができます(食品衛生法28条)。

  • 体調を崩した本人から連絡があった場合
  • 本人を診察した医師からの届出(食品衛生法58条1項)があった場合
  • ホテルから連絡を受けた場合

 以上のような場合には,保健所は食中毒の疑いがあるとして職員を臨検させる可能性があるでしょう。

 ホテル側としては,何とか内密に済ませようとして事実関係を秘匿したいかもしれません。しかし,食中毒の原因が特定できなければ,行政処分に要する期間も長くなり,場合によっては営業禁止処分という重い処分を受けかねません。

 保健所の立入検査には,正直に協力すべきです。

行政指導

 食中毒についてホテルの法令違反が認められた場合,保健所は,立入検査から数日から1か月以内に行政指導又は行政処分を行います。
 ここにいう法令違反とは,食品衛生法51条に基づいて都道府県が条例で定めた「公衆衛生上の見地から必要な基準」を満たさなかったというものです。

※参考条例
「食品衛生法に基づく公衆衛生上講じるべき措置の基準等に関する条例」(京都府)

 行政指導には,次の2つの類型があります。

  1. 口頭による行政指導
  2. 書面による行政指導

 軽微な違反による食中毒事案であれば,保健所はまず「口頭による行政指導」を行い,これによって改善されなかった場合に「書面による行政指導」を行います。
 行政指導はあくまで事実行為であるため必ずしもそれに従う義務はありませんが,書面による行政指導が行われた場合には,その事実が地方自治体ホームページ等で公表されることとなります(食品衛生法63条)。そのため,口頭による行政指導に従って衛生管理の改善をし,書面による行政指導を防ぐという対応が良いでしょう。

 ただし,重大な違反であると判断された場合には,いきなり書面による行政指導が行われる可能性もあります。

 違反が軽微であるか重大であるかは,当該者の故意,重大な過失等によるものか否か,当該違反による健康影 響の程度,当該違反に対する社会的な関心の程度等を勘案して判断されます。

※公表の基準について
京都市食品衛生に係る公表に関する要領

 なお,行政指導と行政処分の違いは,行政機関の求める内容に応じる法的義務があるかないかです。

行政処分

 違反が重大な場合や,改善のために時間を要すると判断された場合には,行政処分がなされる可能性があります。
 行政処分の種類として,次の2つがあります。

  1. 営業停止処分
  2. 営業禁止処分

 「営業停止処分」とは,食中毒の原因が特定されており,そのための改善方法と改善にかかる期間が予測できる場合になされる処分です。食材の処分,施設内の洗浄・除菌が完了するまでに要する日数の営業を停止しなければなりません。

 「営業禁止処分」とは,食中毒の原因が特定できない場合や,原因が特定できても改善のための方法や日数にめどがつかない場合になされる処分です。要は無期限の営業停止であり,再開するためには改善したうえで営業禁止の解除を求めて許可されなければなりません。
 また,悪質性が強い場合や,以前にも同種事案で行政処分等を受けている場合にも営業禁止処分となり可能性があります。

旅館での食中毒

民事上の責任

 ホテルで食中毒事故が起きてしまうと,行政処分等のほかに,食中毒被害者から民事上の損害賠償請求がなされる可能性があります。

製造物責任法(PL法)に基づく損害賠償

 ホテルが調理して提供した料理によって食中毒が発生した場合,製造物責任法(PL法)による損害賠償義務が生じる場合があります。
 重要なのは,調理の過程で食中毒ウィルスが混入した場合だけでなく,食材自体に含まれていた毒素によって食中毒が発生した場合にも,製造物責任法(PL法)により賠償義務を負うということです。

 製造物責任法は,製造物に「欠陥」が認められた場合には,製造者は過失の有無を問わず,それによって損害を被ったものに損害賠償義務を負わせています。過失責任を原則とする民法体系において,例外的に無過失責任を定めているところに特色があります。

 さて,製造物責任法にいう「製造物」とは,一般的には電気機器や玩具等を想像される方も多いのではないでしょうか。しかし,法律的には,「製造又は加工された動産」と定義されており,ここにいう「加工」には調理も含まれると解されています。

 次のような判例があるので,ご紹介します。

東京高等裁判所平成17年1月26日判決
【事案の概要】
 被告(以下,「Y」といいます。)が経営する割烹料亭において,Yがイシガキダイを調理し,アライ(白身魚の刺身を冷水で締めた料理)や兜等の塩焼きにした料理を提供しました。
 その料理を食べた客ら(以下,「X」といいます。)は,イシガキダイに含まれていたシガテラ毒素を原因とする食中毒に罹患し,下痢,嘔吐等の症状を発症しました。
 本件は,Xらが,Yに対して,製造物責任法(PL法)に基づき,診療費,休業損害,慰謝料等の損害を被ったとして損害賠償を求めたという事案です。
【争点】
 争われたのは,イシガキダイの調理が「加工」に該当するのかという点です。
 Yは,「加工」というためには,人の手を加えることによって,それまでに無かった新たな危険が加わったことが必要であると主張しました。食中毒は,イシガキダイにもともと含まれていた毒素によって発生したものであって,Yによる調理の過程で毒素が付加ないし増加したものではないというわけです。
【判旨】
 裁判所は,次のように判示してYの主張を退けました。
 ・原材料の本質は保持させつつ新しい属性ないし価値を付加することで足りる。
 ・「加工」の概念について,それまでになかった新たな危険が加わったこととか,製造業者が製造物の危険を回避し,あるいは発見,除去することができる程度に関与したことなどの要件を付加することは相当ではない。

 つまり,調理方法や調理過程に危険が含まれていたか否かにかかわらず,調理行為は「加工」に該当し,無過失で損害賠償責任を負うということです。

 このように,安全な食事を提供することが飲食業者の責任であるといえばそれまでですが,製造物責任法の解釈と運用は,飲食業者にとっては厳しいものとなっています。

 ホテルとしては,料理提供前にすべての食材を検食することは不可能でしょう。予防・対策としては,食材に関するリスク情報を仕入先や文献,インターネットなどから収集し,リスクを知ったうえで提供するかどうかを判断するように心がけなければなりません。ホテルの調理部に対して,研修や注意喚起を徹底することも必要です。

安全配慮義務違反による損害賠償責任

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