ホテル内での物品に関するトラブル(盗難・破損・忘れ物等)
フロントやクロークにおける預かり品の盗難・破損
原則としてホテルに損害賠償責任あり
ホテル・旅館では,フロントやクロークにおいて,宿泊客の物品を預かる機会があります。これらの預かり品について盗難や破損があった場合,ホテル・旅館は何らかの賠償責任を負うのでしょうか。
ホテル等が客の荷物を預かる場合,客との間で寄託契約(民法657条)が成立します。ここにいう寄託契約とは,ホテルが物品の滅失や毀損を防ぐために預かって保管することを内容とするものです。
有償で寄託を受けた者(受寄者)は,善良な管理者の注意をもって寄託品を保存する義務(善管注意義務)を負います(民法400条)。ホテルは宿泊等に関連して荷物を預かる以上は有償での寄託と考えられるので,預かり品について善管注意義務を負います。
したがって,預かり品が盗まれたり破損した場合には,ホテルは原則として善管注意義務違反が認められ,ホテルは損害賠償をしなければなりません。
宿泊約款の効力は?
もっとも,ホテルは外部者からの侵入が容易であって常に盗難の危険が付きまとうこと,多量の預かり品を迅速に処理しなければならないことも多いことから,損害の全責任をホテルが負うことになると,安定したホテル経営をすることができません。
そのため,宿泊約款において,「貴重品の申告がなかった場合には,〇〇万円を限度として賠償します。」という条項を設けていることがほとんどでしょう。
かかる宿泊約款は有効なのでしょうか?
※モデル宿泊約款15条1項但書
「ただし,現金及び貴重品については,当ホテル(館)がその種類及び価額の明告を求めた場合であって,宿泊客がそれを行わなかったときは,当ホテル(館)は〇〇万円を限度としてその損害を賠償します。」
この点,消費者契約法8条1項2号は,事業者の故意または重過失により消費者に生じた損害を賠償する責任の一部を免除する特約を無効としています。そして判例は,これを拡大して,これを宿泊者が消費者であるか否かを問わずに無効であると判断しています(最高裁平成15年2月28日判決)。
結論として,賠償額を限定する宿泊約款の存否に関わらず,ホテル側に重過失が認められる場合には全損害を賠償しなければなりません。
クロークの鍵をかけ忘れた。
フロントの従業員がフロントを離れた状況で盗まれた。
貴重品が入っていると聞いて預かったが,ロビーのハンガー等にかけておいた。
以上のようなケースには,重過失が認められる可能性が高いと思われます。
ホテルの実務対応
このように,消費者契約法の制定及び最高裁の判例によって,ホテル側の責任が従来より加重されています。
ホテル経営者としては,宿泊客等から荷物を預かる場合には,①貴重品かどうか,貴重品が入っているかどうかを尋ね,②貴重品であるならば種類・価額等を尋ね,③保管方法や場所について一層の注意を払い万全を期することが必要です。
貴重品の内容について判然としない場合など,ホテルとして責任を持ちかねる場合には,預かりをお断りする等の対応も必要です。
客室内での盗難
原則としてホテルに損害賠償責任なし
宿泊客がフロントやクロークに荷物を預けた場合には,寄託契約が成立し,ホテルに善管注意義務が生じることは先に述べたとおりです。
他方,宿泊客がホテルに預けなかった荷物については寄託契約が成立しません。寄託契約は,目的物の保管についての合意がなければ成立しないからです(そもそも改正前民法では,寄託契約は要物契約であり,実際に物の受け渡しがなければ成立しませんでした。)。
したがって,ホテル側に善管注意義務は生じず,客室内の荷物の保管責任は原則として宿泊客が負うことになります。
ホテルによっては,「客室内のお客様の携帯品につき盗難・破損等の場合一切の責任を負いません。」という掲示をしていることがありますが,これは宿泊客が保管責任を負うことを確認的に掲げていると評価できます。
ホテル側に過失がある場合
ただし,盗難被害等の原因がホテル側にあると評価されるような場合には,ホテルは宿泊契約自体の債務不履行に基づく損害賠償責任(民法415条)を負うことになります。ホテルには,宿泊客の生命・身体・財産等の安全を守るべき宿泊契約上の義務があるからです。
例えば,次のようなケースでは,ホテルに損害賠償責任が生じる可能性があります。
宿泊客は客室に施錠していたが,フロントが無人になった隙に窃盗犯がマスターキーを奪い,マスターキーを用いて客室に侵入した。
ホテル側が,外部の者が客室の窓ガラスを割って容易に侵入できる構造であることを認識しておきながら,何ら侵入防止の対策をしておらず,宿泊客に注意も促していなかった。
ホテル従業員による窃盗
過失相殺
債務不履行による損害賠償が問題になるときは,過失相殺(民法418条)が問題となります。過失相殺とは,被害者(債権者)にも過失がある場合に,その過失割合を考慮して損害賠償の額を決めるというものです。
すなわち,宿泊客にも過失がある場合には,ホテルとしてはその過失割合を考慮して損害賠償額を決めることができます。
例えば,宿泊客が貴重品をフロントに預けていなかった場合や,貴重品を金庫にしまっていなかった場合には,宿泊客にも一定の落ち度があるので,過失相殺が認められると考えられます。
ホテルの実務対応
以上のように,客室内での盗難等についてはホテルは原則として責任を負いません。
しかしながら,宿泊客の生命,身体,財産の安全を守るということはホテル経営の基本的な部分なので,これを徹底しておくことが大切です。
例えば,「客室内のお客様の携帯品につき盗難・破損等の場合一切の責任を負いません。」という掲示をすることによって,宿泊客の注意を促す結果となります。また,日頃からホテルの侵入経路の確認や,マスターキーの保管方法等についてきちんと把握するなどして,従業員に徹底指導しておくことが,結果的に事故防止に役立ちます。
一つの事故の背後には300の「ヒヤリ」「ハット」があると言われています。日頃の業務から,「ヒヤリハット」を集積して,従業員への指導や設備投資に心がけておくとよいかと思います。
ホテル旅館内での忘れ物・紛失物
ホテルや旅館では,宿泊客が多くの忘れ物をします。
ホテルとしては,宿泊客の忘れ物や紛失物に対してどのように対応することになっているのでしょうか。
落とし主への連絡
忘れ物が客室に残されていた場合は,その部屋に泊まったお客様の所有物である可能性が高いといえます。
原則としては,宿帳や宿泊管理システムに記されている宿泊者の連絡先に連絡することになります。当人の所有物で間違いないかどうか,忘れ物が必要かどうかを確認し,必要であれば受け渡し方法を協議し,不要であればホテル側で処分してよいかどうかの確認を取りましょう。
自宅電話番号に電話すると,家族にホテルに宿泊したことがばれたといってトラブルになる場合なども想定されるので,なるべく携帯電話番号に架電すべきでしょう。
なお,モデル宿泊約款16条2項では,その所有者が判明したときは当該所有者に連絡を取って指示を仰ぎ,7日間保管しても所有者が判明したときは警察署に届けるものとしています。
※モデル宿泊約款16条2項
宿泊客の手荷物又は携帯品が当ホテル(館)に置き忘れられていた場合において,その所有者が判明したときは,当ホテル(館)は,当該所有者に連絡をするとともにその支持を求めるものとします。ただし,所有者の指示がない場合又は所有者が判明しないときは,発券日を含め7日間保管し,その後最寄りの警察署に届けます。
忘れ物が浴場やロビー等の共用スペースに残されていた場合は,所有者が判然としません。
このような場合には,一見して所有者が分かる物を除き,原則として所有者への連絡はしない(できない)という対応になります。携帯電話などは個人情報が集約された物なので,仮にロックがかかっていなかったとしても,勝手に住所録等を開いて持ち主を突き止めようとしないほうがよいでしょう。
警察署長への提出
遺失物法4条1項は,遺失物の「拾得者」は,「速やかに」遺失者に返還又は警察署長に提出しなければならない旨規定しています。この場合における「拾得者」は,ホテル管理人です。
ホテルとしては,前記モデル宿泊約款に従い,7日以内にホテルを管轄する警察署に遺失物を提出しましょう。
ロビーなどで第三者(他の宿泊客等)が発見し,ホテルに届けた場合はどうでしょうか。
この場合,第三者が「拾得者」です。施設において遺失物を拾得した者は,「施設占有者」であるホテル管理人に遺失物を交付する義務があります(遺失物法4条2項)。そして,交付を受けた「施設占有者」が,警察署長に提出する義務を負います(遺失物法13条1項)。
ホテルとしては,やはり前記モデル宿泊約款に従い,7日以内に警察署長に遺失物を提出しましょう。
ホテルによっては,後日遺失者から連絡が来た場合に備えて,ホテルで遺失物を保管しているケースがあります。しかし,法的には速やかに警察署長に提出する義務があることや,1週間以内に警察署長に提出しなければ報労金や所有権を取得する権利を失うことを考慮すれば,7日以内に提出すべきかと思われます(ホテルが実際に報労金を請求したり所有権を取得するか否かは別問題ですが)。
警察署長への提出後に,遺失者から連絡が来た場合には,遺失物法に従って警察署長に提出したので直接問い合わせるよう伝えれば足ります。
警察署長への提出後の流れ
提出を受けた警察署長は,物件の種類,特徴,拾得日時及び場所を公告し(遺失物法7条1項),遺失者が明らかになった時はこれを返還します(同法6条)。
物件の拾得者及び警察署長に提出した施設占有者は,物件の返還を受けた遺失者に対して「報労金」を請求することができます。
「報労金」の額は,その物件の価額の5%~20%の範囲の額であり,拾得者と提出した施設占有者の双方がいる場合には,それぞれ2分の1ずつ支払いを受けることになります(同法28条1項,2項)。
警察署長の公告から3か月たっても所有者が判明しないときは,拾得者が所有権を取得します(民法240条)。第三者が拾得者である場合において,拾得者が権利放棄する等して所有権を取得しないときは,拾得者から交付を受けた施設占有者(ホテル管理人)が所有権を取得することになります(遺失物法33条)。
ただし,所有権取得から2か月以内に物件を引き取らなければ,所有権を失います(同法36条)。
ホテルとしては,第三者が拾得者である場合には,第三者の報労金請求権や所有権を取得する権利を喪失させないよう,当該第三者に対して警察署長に提出した日時と場所を伝えておくべきでしょう。
ホテルの実務対応
以上は,法律(特に遺失物法)が要求する手続きを厳格に説明しました。
しかしながら,実際のホテル経営では,もう少し柔軟に対応しても構わないと考えられます。
法律も,例えばビニール傘1本の忘れ物についてまで警察署長への提出を求めているとは思えません。
ホテルとしては,上述の原則を念頭に置きつつも,遺失物の性質によっては自ら保管しておく等の柔軟な対応をすればよいでしょう。忘れ物が高額であったり貴重品であったりしそうな場合,第三者が拾得者である場合等は,慎重に扱う必要があるので,原則に立ち返った対応が必要なのではないでしょうか。
対応に困ったときは,一度管轄の警察署へ直接相談してみるのも一つの手です。