​遺言の無効|橋本あれふ法律事務所

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遺言の無効

遺言が無効になる場合

 近年,相続人の一部が遺言が無効であると主張して「遺言無効確認訴訟」を提起することが増えています。遺言は,法定相続分と異なる遺産の配分を定めることが多いため,法定相続分未満の財産しか受けられなかった相続人の不満が噴出しやすい制度であるといえるかもしれません。

 遺言の無効事由は,①形式要件を満たさないため無効になる場合,②遺言能力が欠如していたため無効になる場合の2つのパターンがあるため,それぞれについてご説明します。

形式要件を満たさないため無効になる場合

 民法は,遺言の方式を厳格に定めており(民法968条,969条),法律で定められた方式で作成されていない遺言書は無効です。

 法律で定められている遺言の方式は以下のとおりです。

自筆証書遺言に必要な方式

  1. 全文が「自書」であること
    ・ワープロでの記載はNGですが,カーボン紙での複写は認められます。
    (最判平成5・10・19)
    ・手の震えのため他人に添え手をしてもらう場合は,他人の支えを借りるだけにとどめなければなりません。他人の意思が介入した形跡があれば無効です。
    (最判昭和62・10・8)

  2. 日付の記載があること
    ・複数の遺言を残すことに備え,日付は明確にしなければなりません。
    「平成○○年○○月吉日」という記載はNGです。
    (最判昭和54・5・31)

  3. 氏名の記載があること

  4. 押印があること
    ・帰化した外国人の英文遺言につき,署名はあるが押印がないものは有効とされています。
    (最判昭和49・12・24)

公正証書遺言に必要な方式

  1. 証人2人以上の立会い
    ・証人2人が,作成手続の初めから終わりまで,口授内容を聴き取れる距離で立ち会っていなければなりません。
    (最判昭和52・6・1,広島地呉支判平成1・8・31)
    ・推定相続人等の利害関係人は証人適格を欠きますが(民法974条),欠格者が同席していたとしても無効事由とはなりません。
    (最判平成13・3・27)

  2. 公証人への口授
    ・「口授」ですから,原則として言語を用いて遺言の趣旨を口頭で陳述する必要があります。公証人の質問に対し言語をもって陳述することなく単に肯定又は否定の挙動を示したにすぎないときは,口授があったとはいえません。
    (最判昭和51・1・16)
    ・ただし,口授の際,遺言の内容について一語一句を全て口頭で伝える必要はありません。事前に遺贈物件をを書面化して公証人に交付しておき,口授の段階では当該物件を特定できる程度の陳述に加え,物件の詳細に関しては事前に交付しておいた書面のとおりである旨の陳述をすれば口授の要件に欠けることないとされています。
    (大判大正8・7・8)

    ※ 実務上は,事前に弁護士等が遺言書の原稿を作成し,公証人と協議しておきます。

  3. 公証人による筆記・読み聞かせ・閲覧

  4. 遺言者及び証人の署名押印
    ・「遺言者が署名することができない」場合には,公証人がその旨を付記して署名に代えることができます(民法969条4号)。
    ・ただし,署名要件も厳格に適用されるべきものであり,遺言者の精神的状況,身体的状況等からして「署名することができない」場合にはあたらないとして,遺言の効力を否定した裁判例もあります。
    (東京高判平成12・6・27)

  5. 公証人の署名押印

遺言能力が欠如していたため無効になる場合

遺言能力とは

 遺言は,15歳以上のものであれば誰でも作成することができます(民法961条)。制限行為能力者であっても有効な遺言を残すことは可能です(同法962条)。

 もっとも,遺言の法的効果を理解することができない者は,遺言能力の欠如者として有効な遺言を残すことができないと考えられています。民法上に明確な規定があるわけではありませんが,法律行為を行う前提としてその効果を理解しうる意思能力が必要であるという民法の大原則からして当然のことと考えられているのです。

 遺言能力は,「遺言内容及びその法律効果を理解判断するのに必要な能力」と定義づけられています(判タ1100号466頁「遺言能力ー裁判例の傾向」)。

遺言能力の判断要素

 遺言の効力は,遺言者の死後に争われるものですから(判例上,生前の遺言無効確認訴訟は認められていません),遺言者本人に当時の認識を供述してもらうわけにはいきません。ましてや「能力」という不可視の要素であることから,直接その有無を基礎付ける事実もありえません。

 そのため,遺言能力は,遺言作成時の客観的事情から判断されることになります。具体的には,次のような基準によって遺言能力の存否が判断されます。

  1. 遺言内容の複雑性

     遺言の法的効果を理解し得たかどうかが問題なので,当該遺言の内容が複雑であるほど,高度の認知能力が必要とされます。つまり,遺言内容が複雑であるほど,遺言が無効とされやすい傾向にあります。
     例えば,「全財産を○○に相続させる」という単純な内容の遺言であれば,少しばかり認知症の傾向があったからといって遺言の効力は否定されません。
     逆に,認知症の傾向があるにも関わらず,十数筆に及ぶ不動産や預貯金の配分を,相続人ごとに事細かに指定しているような複雑な内容の遺言が残されているのであれば,無効とされる可能性が高いでしょう。

  2. 年齢・病状

     高齢であり認知症が進行しているほど,遺言の効力が否定される傾向にあります。遺言作成日よりも前に,主治医の「認知症」「老人性痴ほう」等の診断があれば,遺言能力が欠如していたと判断されやすいでしょう。
     「長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)」という簡単な認知症テストの点数も,遺言能力の判断要素の一つとして有名です。

  3. 生活状況・言動

     日常生活において,異常な言動(徘徊,失禁,便いじり等)があった場合には,やはり重度に認知症が進行していたことを示すものとして,遺言能力を否定する要素となります。

  4. 自発性の有無・程度

     遺言者の自発的意思に基づいて作成されたものであれば遺言能力が肯定されやすく,利害関係人等が主体となって遺言作成の手配をしていたり,遺言作成時に遺言者が積極的な意思表明をしていない場合は遺言能力が否定されやすい傾向にあります。

  5. 遺言書の体裁

     自筆証書遺言の場合には,遺言書の文字の記載,文章の体裁等が乱れたものであれば,認知能力に乏しかったとの推認がはたらくため,遺言能力が否定されやすい傾向にあります。

遺言作成の際に留意すべきこと

作成すべきか否か

 遺言の作成は,後の相続で争いを生じさせないための手段であると同時に,遺言の効力をめぐって相続人間で争いを生じさせる火種ともなります。

 推定相続人が遺言作成の手配をする場合には,後に争いが生じることが無いよう,本当に遺言能力を備えているのかどうかを見極める必要があります。ご本人が自発的に遺言を作成する場合でも同じです。

 弁護士ら専門家に依頼しても,遺言能力の存否は入念にチェックされるはずです。その上で,遺言能力が明らかに欠けているような場合には,遺言作成は取りやめるべきでしょう。

作成するのであれば

 遺言を作成するのであれば,遺言能力があることを示す証拠を確保しておくことが大切です。上記「遺言能力の欠如」で列挙した遺言能力の判断要素に従って,客観的な資料を集めて残しておきましょう。

 例えば,①主治医の診断書,②長谷川式評価スケール,③本人の筆跡で書かれた日記,④作成状況を撮影した映像を残しておくこと,⑤筆記能力に限界があるのであれば公正証書遺言にすることなどが考えられます。

作成後の手当て

 また,たとえ作成時に上記の資料を揃えていなかったとしても,作成後なるべく早い時期に揃えることも検討してよいかもしれません。
 「作成直後に遺言能力が残されていたのであれば,作成時にも当然遺言能力が存在したはずだ」という推定がはたらくためです。